ボケと被写界深度

ピントとボケと被写界深度

ピントの項で説明した通り,ある被写体にピントをあわせた場合,厳密にピントが合っているのはカメラ(センサー、あるいはレンズ)と平行でその被写体と同じ平面上にある物体だけで,その前後にある物体は多少ともボケています.ただしある程度以下のボケは実用上認識できず,ほとんどピントが合っていると見なせるため,実際にはある程度の範囲でピントが合っているように見えます.この,ピントが合っているように見える奥行きの範囲の広さを「被写界深度」と呼びます.風景写真のように,画面全体にピントが合ってほしいときには,この「被写界深度」が深い方が都合がよく,ポートレート写真の様に,特定の被写体だけ強調して,それ以外の物体にはピントを合わせず「ボケ」させたい場合には,逆に「被写界深度」をある程度浅くする必要があります.

図:被写界深度の浅い写真の例

被写界深度は「絞り」で調節することができます.絞りを絞ると被写界深度は深くなり,逆に絞りを開放すると被写界深度は浅くなります.また,レンズの焦点距離も被写界深度に影響し,「焦点距離を長くすると被写界深度が浅くなる」と言われます.ここではまず写真表現の重要な手法の1つである「ボケ」,言い換えれば被写界深度はどのように決まるのか.絞り,焦点距離と被写界深度との関係を考えましょう.

被写界深度とは何か

図は点$O$にある物体が点$O′$に,点$O$よりもレンズから遠い点$A$が点$A′$に,点$O$よりもレンズに近い点$B$が点$B′$に,それぞれ結像している様子を表しています.点$O$の結像点である点$O′$の位置にセンサーが置かれているので,点$O$にピントが合っている状態です.その時,点$A$や点$B$の像はセンサーの位置では点に結像しておらず,ある程度の大きさをもった円として写ります.この円の事を「錯乱円」と呼びます.本来点であるものが円に分散して写るのですから像はぼやけることになり,この錯乱円が大きいほどボケの度合いも大きくなります.逆に錯乱円の大きさがある程度以下であれば,ボケは認識されずピントが合っているように見えます.

O A B O’ A’ B’

図:錯乱円

ある点が作る錯乱円の大きさは,ピントが合っている被写体からその点の位置が前後に離れれば離れるほど大きくなります.逆に,被写体に十分に近いところにある点の錯乱円の大きさは事実上無視できる範囲に収まります.この「事実上無視できる最大の錯乱円」のことを「許容錯乱円」と呼びます.厳密にピントが合う距離は1点だけですが,その前後には錯乱円の大きさが許容錯乱円の大きさ以内に収まる範囲があり,この範囲に入る物体の像はピントが合っているように見えます.この範囲の奥行きの深さが「被写界深度」です.ピントが合っているように見える範囲が前後に広い場合は「被写界深度が深い(広い)」,逆の場合は「被写界深度が浅い(狭い)」と表現します.

下図は$A$,$B$,$O$,$C$,$D$の5点の結像を示しています。ここで点$O$の像の位置にセンサーを置くと、その他の点の像は一定の大きさの錯乱円になります.このとき、点$B$が作る錯乱円の大きさと点$C$が作る錯乱円の大きさがちょうど許容錯乱円の大きさと同じだった時、点$B$から点$C$までの長さが被写界深度です.この時点$B$と点$C$の間にある点が作る錯乱円は許容錯乱円より小さくなるので、ピントが合っていると判断されます。一方被写界深度の外側にある点$A$や点$D$の像の錯乱円は許容錯乱円よりも大きいので,ボケていると判断されます.

$O$ $A$ $B$ $C$ $D$ 許容錯乱円 被写界深度

被写体との距離と錯乱円の大きさ

上図は被写界深度のイメージを模式的に示したものですが,次に具体的な例を見てみましょう.試しに焦点距離50mmのレンズで距離10mにある被写体にピントを合わせたとき,レンズと錯乱円を作る点との距離を変えたときの錯乱円の大きさを下のグラフに示します.それぞれの線は,異なったF値に対応します.

錯乱円の大きさは,被写体から離れるにつれて連続的に変化するので,許容錯乱円の大きさに絶対的な基準があるわけではありません.被写界深度内ならきちんとピントが合い,そこから1mmでもずれると急にボケるというわけでは無いのです.35mmフィルムでは伝統的にこの許容錯乱円の大きさを0.03mm(30μm)とすることが多いようですから,以下の議論でも仮にこの数値を置いておきます.ちなみに30μmは一眼レフデジカメの代表的な画素ピッチ,大体5μmの6倍くらいにあたります.一般的なデジタルカメラのセンサーは、色の補完計算などをする関係で画素がそのまま解像度にあたるわけではありませんが、等倍で見ればボケてみえる大きさではあります.

さてグラフを見て分かるとおり,まずF値が小さい方が錯乱円は大きくなります.例えば30mの距離で比較すると,F2.8では錯乱円の大きさは許容錯乱円の直径30μmの2倍に達しており,かなり像はボケていると思われます.F5.6では丁度30μm程度とギリギリ,F8では20μmなので被写界深度内に入っています.

また被写体から手前側の方が錯乱円の大きさは急激に大きくなることが分かります.F8では遙か遠くまで錯乱円の大きさは比較的小さいままですが,それでも手前側では急速に錯乱円の直径は大きくなり,30μmには5m地点あたりで到達してしまいます.

グラフから被写界深度を大雑把に読み取るならば,このケースではF2.8では7.5m地点から15m地点の距離約7.5m,F4.0では約11m程度,F5.6では約24m,F8.0では5m地点より遠くは大体ピントが合っている,ということになるでしょう.

F値、焦点距離と被写界深度

つぎに錯乱円の大きさではなく、直接被写界深度の深さがF値や被写体との距離などの諸条件でどのように変わるか見てみましょう。

F値,被写体との距離と被写界深度

グラフは焦点距離50mmでF値の異なるレンズにおける,レンズから被写体までの距離と被写界深度との関係を表したものです(許容錯乱円の大きさは30μm).F値が大きくなるにつれ被写界深度は深くなること,そしてレンズから被写体が遠くなるにつれ被写界深度は深くなることが分かります.

焦点距離と被写界深度

こちらのグラフはF値2.0で焦点距離の異なるレンズにおいて,レンズから被写体までの距離と被写界深度との関係を表したものです.焦点距離が長くなるほど被写体までの距離に対する被写界深度の深くなり方が緩やかであること,パンフォーカス(ある一定距離よりも奥側全体にピントが合った状態)になる距離が遠くなることがわかります.つまり,よく言うように「焦点距離の長いレンズを使った方が被写界深度は浅い」のです.

拡大率と被写界深度

ところで,このことをよく考えてみると次のような疑問が生じます.焦点距離の長いレンズを使った方が被写界深度が浅くなるのは被写体が同じ距離にある場合です.しかし同じものを同じ大きさで撮ろうと思ったら,焦点距離の長いレンズは画角が狭いので焦点距離の短いレンズと比べて被写体から離れる必要があります.するとグラフから分かるように,被写体から離れると被写界深度は深くなるのです.では焦点距離を長くして被写界深度が浅くなる効果と,被写体から離れて被写界深度が深くなる効果は,重なるとどちらが勝つのでしょうか?

グラフは拡大率と被写界深度との関係を,4種類の焦点距離についてF値を5.6に揃えてグラフにしたものです.拡大率とは被写体の大きさとセンサー上の像の大きさの比率を表します.例えば20cmの大きさの被写体がセンサー上で1cmの大きさの像を作る場合,拡大率は1/20(0.05)です.あるいは人の顔の大きさを24cmとして拡大率が0.01になるとき,センサー上の像の大きさは2.4mmになりますから,35mmサイズのセンサーの高さ24mmの0.1倍になります.つまり拡大率を10倍すると,人の顔が大体横長の写真の縦幅の何倍を占めるかが分かります.どの焦点距離でも,拡大率が同じなら同じ大きさの被写体は写真上でも同じ大きさになるので,この場合の比較にはちょうどいいでしょう.

グラフを見ると、広角(25mm)が若干被写界深度が深いものの,ほとんど4本のグラフは重なっています。特に被写界深度が40cm未満になるようなクローズアップの状況ではほぼ一致しています.同じものを同じ大きさで写す限り,焦点距離に関わらず被写界深度はほぼ変わらない,と言うことができるでしょう.

では被写界深度が変わらないならボケ方も変わらないのか,というとこれもまた違います.下図はF値5.6に揃えた焦点距離のそれぞれ違うレンズで,拡大率0.02になるように被写体との距離を取ったとき,その被写体のある面(ピント面)からカメラに対して前後に離れた点が作る錯乱円の大きさを示しています.それぞれの焦点距離の線を錯乱円の大きさ30μmを表す線が切り取った長さが被写界深度にあたります.

被写界深度を表す線の長さはいずれもほぼ同じ長さですが、焦点距離が長くなるほどピントの合う範囲がカメラ側に近づいていることが分かります.言い換えると、被写界深度が同じでも焦点距離が長い方が被写体より後ろがボケやすく,焦点距離が短い方が被写体より手前がボケやすい,ということになります.また被写体より奥側のボケ(後ボケ)は焦点距離が長いレンズの方が急速に大きくなることが分かります.

ということから,よく言われる「焦点距離の長いレンズの方がボケやすい」という言葉のより正確な表現は,「焦点距離の長いレンズは後ボケができやすい」ということになるでしょうか.

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